敵基地攻撃能力から抑止力へ

2021.11.11

自民党の総裁選挙の中で「敵基地攻撃能力」に関する議論がありました。

「敵基地攻撃能力」に関する議論が始まったのは、昭和31年2月29日の衆議院内閣委員会です。

当時の船田中防衛庁長官が、下記の鳩山一郎首相の答弁を代読しました。

「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。

そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。」

当時はまだ、敵のミサイルが基地から発射されていた時代です。

現在は、北朝鮮もミサイルを移動式の発射装置(テル)から発射する能力を保有し、ミサイルは基地から発射されるものではなくなりました。

ですから「敵『基地』攻撃能力」は、昭和の議論であり、令和の今日、もはや意味がありません。

今、議論すべきは「抑止力」です。

抑止力には拒否的抑止と懲罰的抑止があります。

拒否的抑止とは、相手のミサイルを迎撃する能力など、相手の攻撃を阻止する能力で、相手の攻撃がこちらにダメージを与えないということを相手に理解させて、攻撃を断念させることを言います。

拒否的抑止の場合、相手のミサイルを100%迎撃できなくとも成立しうると言われていますが、どの程度迎撃すれば成り立つのかについては、さまざまな議論があります。

懲罰的抑止とは、攻撃してきた相手に「耐えがたい損害」を加える報復能力を持つことで、相手に攻撃を断念させることを言います。

懲罰的抑止が成り立つためには、一、耐えがたい損害を与えることができる能力、二、攻撃された時に報復する意思、三、そしてこちら側の一と二を相手が認識していることの三つの要素が必要です。

どの程度の損害が耐えがたい損害となるかは相手によって変わりますが、数発のミサイルで攻撃するだけでは十分ではなく、究極的には核による攻撃が必要な場合もあります。

そのため、非核三原則を持つ日本は、アメリカの核の傘、拡大抑止に依存せざるを得ません。拡大抑止とは、同盟国に対して抑止力を提供することを言います。

現時点では、北朝鮮に対する抑止力と中国に対する抑止力の議論を分けて考える必要があります。

北朝鮮が日本に対して核などを使用した場合、アメリカが核を使って報復するということを明確にすることにより、懲罰的な抑止を成立させています。

しかし、北朝鮮がアメリカに対して核で攻撃する能力を保有したことが明確になった場合、抑止はどうなるのでしょうか。

北朝鮮の核による再報復を覚悟の上で、アメリカは核を使用するということを北朝鮮に認識させなければなりません。

また、懲罰的抑止の究極は、核兵器による壊滅的な破壊によるものとされていますが、北朝鮮の特異な政治体制の場合、最高指導者に対するピンポイント攻撃が耐えがたい損害になるとの意見もあります。

その場合には、核を用いない懲罰的抑止が成り立つ可能性があります。

北朝鮮の「耐え難い損害」が何であるかをよく見据えて議論する必要があります。

懲罰的抑止が成立するためには、段階的な柔軟性も必要です。

核が使われない攻撃には、核を使わない報復能力が必要です。

単なるミサイル攻撃に対して核による報復しか選択肢がない場合、報復する決断が難しくなるため、相手の出方に応じた報復手段を確保する必要があります。

たとえば、北朝鮮が日本の無人の離島に対してミサイルで攻撃した場合、アメリカはどうするでしょうか。

日本の領土が攻撃されたが人命に影響がなかった場合、北朝鮮のなんらかの報復を覚悟してでもアメリカが行動することはないと、北朝鮮が誤って認識する可能性があります。

それを防ぐためには、そのような場合でもアメリカは行動するということをアメリカ政府が明確に発信し、北朝鮮が誤解しないようにするというのが一つの方法です。

ミサイル防衛をしっかりと配備し、安易な脅しが通用しないことを示すことも必要です。

北朝鮮がこれを上回る攻撃をしかければ、米国は懲罰的抑止に踏み切りやすくなります。

さらに、北朝鮮を射程に入れるミサイルを日本が独自に配備し、万が一、アメリカが行動しなくとも、日本は自ら北朝鮮に対して報復するということを北朝鮮に認識させる方法もあります。

段階的な柔軟性を確保するために、北朝鮮を射程に入れるミサイル等、打撃力の配備についての議論が必要です。

「個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有することは、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、いかなる場合にも許されません。

たとえば、大陸間弾道ミサイル、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母の保有は許されないと考えています」という政府見解があります。

「専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる」兵器の保有はできませんが、抑止を成立させ、我が国を守るために、相手の能力に応じて必要最小限の武器を保有することは許容されると考えられます。

今日まだ対北朝鮮に関して「敵『基地』攻撃能力」の議論をする人がいます。

これを敵の地上移動目標に対する攻撃能力と規定すると、
対地攻撃能力(弾道・巡航ミサイル、攻撃機と誘導ミサイル等)
情報・監視・偵察(ISR)能力
攻撃時の航空優勢の確保
攻撃評価
等の能力が必要になります。

地上を移動できる目標に対しては、速度の遅い巡航ミサイルは不向きです。

攻撃機から誘導ミサイルで攻撃するためには、航空優勢の確保と衛星画像から目標を探知・識別し、攻撃目標を攻撃機に伝える高速のデータリンクが必要になります。

日本が地上移動目標を攻撃する能力を持っていることを北朝鮮が認識した場合、日本の攻撃によりミサイル等を無力化されてしまうことを恐れて、攻撃される前に使ってしまおうと考える可能性があります。

移動式のミサイルに対する攻撃能力を保有することが難しくとも、北朝鮮の指揮統制システムなどの地上固定目標を攻撃することで、北朝鮮から飛来するミサイルの数を抑えることができるかもしれません。

北朝鮮からの飛来するミサイルの数を減らすことにより、日本のミサイル防衛の精度を上げ、日本の損害を限定することができます。

地上固定目標に対する攻撃であるならば、巡航ミサイルや攻撃機からの空中発射型スタンドオフミサイルでも効果的です。

日本単独の反撃が韓国やアメリカに対する北朝鮮の大規模な攻撃を引き起こす可能性もあり、仮に日本が目標を攻撃する能力を獲得したとしても、日米同盟での運用が必要です。

半島の政治状況によっては日米韓の枠組みでの運用が必要となる可能性もあります。

ここまでは対北朝鮮の抑止力の議論ですが、中国に対する抑止力は、対北朝鮮とは全く違う議論になります。

中国の軍事力が北朝鮮とは比べものにならないほど強力なので、抑止力の考え方を変えなければなりません。

昭和の時代では、米ソの冷戦構造の中ではヨーロッパが正面となり、また、ソ連の核やミサイルにはアメリカが対処するため、日本への影響は限定的でした。

しかし、令和の時代では、米中が対立し、中国は、その影響圏の拡大と軍事行動の自由を目指して軍備の拡張を続け、日本が享受してきた海洋における航行の自由も脅かされつつあります。

さらに冷戦後、圧倒的な力を誇ったアメリカの通常戦力の優位性も中国の軍事的な台頭により、損なわれつつあります。

そして令和の有事は古典的な始まり方とは違うグレーゾーン事態などの非対称の戦いで始まり、また、サイバーや宇宙での戦いも行われることになります。

令和では単に日本の領土を目指して飛来するミサイルを防ぐだけでは十分ではないのです。

ここ数年、中国が台湾を軍事侵攻するシナリオが真剣に議論されるようになりました。

このようなシナリオに抑止力をどのように機能させ、日本はどう対応すべきでしょうか。

中国の海空軍力やミサイル攻撃能力の増強が米軍の軍事介入のコストを高めている現実があります。

中国軍の能力が今後も向上して米軍の接近を阻止する能力を持ちつつあるという厳しい条件下でも米軍が台湾防衛のために行動し、その行動を自衛隊やアメリカの同盟国が支援し、共に中国軍の能力に対抗して、台湾に対する軍事侵攻を成功させないというのがここでの抑止力の考え方となります。

この抑止力を成立させるために、日本ができることは何でしょうか。

一つのシナリオでは戦域内での米軍の行動の自由を確保するために、米軍を攻撃してくる中国の艦船や航空機に対して自衛隊が対艦、対空ミサイルで防御支援をします。

中国のレーダーの覆域や対空火器の射程が拡大し、自衛隊の航空・海上優勢の確保が難しくなるなかで、長射程ミサイルの導入による脅威圏外からも対処できる能力またはスタンドオフ能力の向上が必要となります。

現在、航空自衛隊は、F-15戦闘機用に射程900kmのLRASM、F-35戦闘機用に射程が500kmのJSMを導入する予定です。

ステルス能力の高いF-35は、F-15と比較して、敵により近接できるため、射程が短いミサイルでも戦えると考えられています。

こうした事態になることが想定されると、中国は、「日本は攻撃対象としていないが、自衛隊が米軍に協力するならば、日本も攻撃せざるを得なくなる」などと情報戦を仕掛けてくることが予想されます。

その際、「では日本は米軍を支援しない」などということになれば同盟は崩壊します。

この場合は、「有事には日本は米軍を支援する」、ただし「中国本土を攻撃することは念頭に置いていない」という示し方ができます。

他方で、南西諸島防衛、台湾海峡・東シナ海あるいは南シナ海における有事において、中国がサイバーや電磁波領域での妨害に加えて、海空軍を展開し、弾道・巡航ミサイル、あるいは極超音速ミサイル等で在日米軍及び自衛隊基地、洋上兵力などに対して攻撃を行ってくると想定されるシナリオの場合の対応は異なります。

中国がすでに配備している中距離ミサイルの指揮統制システムに対して打撃を加え、より多くの相手の戦力を無効化することで、日米の損害を減らし、米軍が接近することを支援します。

また、中国の航空基地の滑走路に損害を与え、戦闘機や爆撃機をはじめとする中国機の離陸を防ぎ、やはり米軍の接近を支援します。

このシナリオの場合、中国の港湾施設、航空基地の滑走路や飛行機、レーダー施設、指揮統制システムに対する攻撃のために、海洋・空中発射型の長射程ミサイルに加えて、中国の地形に沿っていわゆる第一列島線沿いに地上発射型のミサイルを配備することが考えられます。

地上発射型ミサイル網構築の議論の中で、日本も中距離ミサイル配備先として議論されることが多くなりました。

この場合、米軍の中距離ミサイルの前方配備、あるいは自衛隊による中距離ミサイルの配備ということになります。

中国が日本に損害を与えるような行動に出た場合、こうしたミサイルを使って敵の軍事施設を攻撃するだけでなく、沿岸部の経済力に「受け入れがたい損害」を与えるなど、報復をするという決意をあらかじめ示すことで、中国の攻撃を抑止するという議論も可能でしょう。

しかし、在日米軍がそのようなミサイルを配備することを、もし日本が認めるならば、その発射の引き金を引くのは誰でしょうか。

アメリカが単独で引き金を引くのか、日米が合意の上で引き金を引くのか、日本が引き金を引かないという拒否権を持つのか、さまざまな議論が必要です。

あるいは日本が独自にミサイルを配備し、日本が引き金に指をかけておくべきでしょうか。

日本が中距離ミサイルを配備した時に、日中関係をどうマネージしていくのかという疑問を投げかける声もあります。

しかし、中国がすでに日本を射程に入れたミサイルの配備を進めているわけですから、日本側だけの責任ではないはずです。

「敵『基地』攻撃能力」という議論は、明らかに昭和の議論であり、令和の議論ではありません。

冷戦下での領土防衛の議論で済んだ昭和と比べて、令和では、拡大する中国の軍事力に日米同盟を中心に国際的にどう対処していくかという新たな問題に直面しています。

単に防衛力にお金をかけるだけでは中国を止めることはできません。

日本がアメリカに加え、オーストラリアやインド、あるいはイギリスやEUなどと連携し、台湾の自由が脅かされるのを座視しない、自由と民主主義、法の支配、基本的人権といった共通の価値観を権威主義体制から守るという国際社会の決意を示すことで、中国にその戦略目的を中国の想定する時間軸では達成できない、あるいは達成しても維持していくことができないと思わせ、中国を国際的な軍備管理の枠組みに入れて行動を制限していくことが必要です。

威勢のよいかけ声や予算どりのための議論ではなく、東アジアの状況にいかに対応していくべきか、国民にわかりやすく説明をしながら、安全保障戦略の議論をすすめなければなりません。



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