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日本対コートジボアール
2011.01.16
いろいろなマスコミから与謝野さんの大臣就任についてコメントを求められる。
民主党政権はだめだと言って自民党を離党してたちあがれ日本を設立し、民主党の政策を強烈に批判した本まで出したのに、今度はそこから1人だけ離れて大臣になる。これはなかなか今回の入閣を正当化するのは難しいかもしれない。
ただ、それは周りの仕事ではなくて、本人の仕事だ。世の中に対して自分の行動は正しいという説明をどうするのか、自分に対して自分の行動は正しかったという納得をどうさせるのか。
与謝野さんの行動が、世の中の政治不信と政治家に対する不信を増長させたのは間違いない。
ただ、われわれ野党がやるべきなのは、民主党プラス与謝野内閣と政策の議論をすることだ。与謝野さんに、彼の行動を説明しろと要求することではない。それは彼が自分と世の中に対して自分ですることだ。
すでに民主党は、基礎年金の税方式という主張を引っ込め始めたのか、社会保険方式でもよいなどと言い始めた。岡田さんや枝野さんらと基礎年金の税方式という提言をまとめた私としては、議論の前にどっちでもいいと言い出されては困る。
こういう理由で税方式がよい、社会保険方式がよいという議論をした上で、主張を変えるなら変えてもらわないと。
アフリカのコートジボアールでは選挙の結果を受け入れずに敗れた現職が居座って内戦になっている。混乱して困るのは国民だ。
日本でも、参議院が問責を連発し、大臣がどんどん更迭されたら政治は混乱する。議論して決めるべきことが決められずに先送りされたら困るのは国民だ。
議院内閣制では、確かに任期の途中でも、総理が衆議院を解散して、総選挙を行うことができる。しかし、これは総理の権限だ。
かつて自民党長期政権の下では、任期の途中で頻繁に解散が行われていた。なかには政権の求心力を高めるとか政権の浮揚力を高める等という理由で解散が行われていた。しかし、これは議院内閣制の根本ルールとは相容れない、自民党長期政権という特殊な状況の下での特殊ルールだ。
議院内閣制では、政府に入っていない与党議員は基本的に党議拘束を受けない。造反すれば自分が政府に入れないというリスク、あるいは重要法案が否決されれば総理は解散、総選挙という道を選ぶかもしれないという歯止めのもとで政府を支えている。
つまり、議院内閣制では、内閣不信任案が可決されたとき以外は、与党の支持を得られなくなった内閣が解散し、国民の信を問う。かつての郵政解散がこのケースだ。
もちろん参議院での多数を失った与党が、野党にとことん抵抗されて法案を通せず、衆議院を解散するということがあるかもしれない。だが、それでは政権交代が起きても同じことが起きるわけで、政治が安定しない。やられた方がやり返せば、鉄砲玉こそ飛ばないが、国民不在ということではコートジボアールと変わりがない。
そんなことになったら日本の政治はまるでコートジボアールと同じになってしまう。
解散に追い込むというならば、国会で民主党の政策がいかに間違っているかをきちんと説明し、国民の支持を得て、民主党議員がとても内閣の政策を支持できずに造反するという場面を作ってはじめて、菅内閣を正しく解散に追い込んだといえる。
相手を一方的に批判して、法案をことごとく否決して、あるいは審議拒否をして、相手を困らせて解散させるのは、間違った追い込み方だ。
だから、一にも二にも政策論議をきちんとやらなければならない。
この通常国会、危機に直面する日本を救うため、しっかりと政策議論をしていこう。コートジボアールの内戦は決して人ごとではない。