2005年7月1日号

2005.07.01

票読みは郵政の本会議だけではない。
都議選も大詰め。
昨日は本会議後すぐに溜池山王から南北線に乗り四谷で中央線特別快速に乗り換え、中野駅北口ロータリーで街頭演説。
国会にとんぼ返りで、夕方から有楽町線で練馬へ。
練馬駅頭で街頭演説して、大江戸線で大門。
都営浅草線に乗り換えて品川駅。
そこから区立浜川小学校と原小学校の演説会。
で、今日は...。

八時に国連改革議連のPT。
諸外国は国際機関のトップに政治家を送り込むが、日本の政治家は国際競争力がないという結論。
外務省が過去に一回だけ、政治家登用を考えたらしい。
やはり山本一太をWFPのトップに送り込まないと。

山本拓(山崎拓ではない。高市早苗の旦那!)代議士から電話。
おーい、郵政特始まるぞ、早く来い。
あっ、今日から僕は郵政特の委員だった。
ということで、九時の副幹事長会議をパスして、郵政特へ。
が、座って十分で、国対の正副委員長会議へ。(ちなみに私は国対担当の副幹事長だ)
山口俊一さんが議運、国対を辞めてしまったため、鈴木恒夫代議士が議運の与党筆頭理事に就任。
後半の残り十分でメンバーチェンジになりまして、と就任挨拶。
大黒みたいじゃん、と声がかかる。
九時半の役員連絡会をパスして厚生労働委員会へ。
大村理事に、今日から郵政特の委員なんでこっち来られないからと先に謝る。
大村さんも国対から郵政特の差し替えをやってくれと頼まれたそうだ。
オレは厚生委員会の理事だぞ、自分はどうなんだと問いつめたら、国対の副委員長が、いやぁオレは反対なんだ、とぼそっと言ったそうだ。
その昔、みなさん村山富市と書いて下さい、と触れ歩いて自分は海部と書いた鈴木宗男みたいだ。
すぐ郵政特に復帰。が、臓器移植反対の団体からの陳情があり、会館でお話を承る。
郵政特復帰。が、来日中のイスラエルのクネセトのメンバーと、日本の中東和平に関するイスラエル・パレスチナの合同提案に関する打ち合わせ。
郵政特復帰。すぐ休憩。
午後の委員会。厚生委員会の定足数の心配をしているうちに、郵政特スタートできず。
あわてて駆け込む。別館の厚生委員会と本館の郵政特の間をいったり来たり。
合間に国対で月曜日の採決の情報収集。
幹事長室においしいサクランボの差し入れがあり、わしづかみにして食べる。
四時に委員会を退席し、溜池山王から四谷乗り換え青梅線羽村駅へ向かう。遠い!
羽村駅頭での街頭演説最後まで。
宿舎に帰るとペシ坊がちょうどお風呂。一緒に入って頭を洗う。今日は泣かないよ、と強気だ。
明日、テレビでジュラシックパーク見ていいと聞くので、いいよ、と答える。

月曜日は朝九時から郵政特だ。一日、ケツを椅子から離すなとのお達し。
鈴木恒夫代議士が残り十分でピッチに出たFWなら、今日から郵政特に入れられた僕は、ロスタイムでベンチに入った三人目のGKみたいなものか。
特別委員会の与党の平委員は、道路の穴を埋めるアスファルトみたいなもの。(初当選時代の沖縄特措法特別委員会に、同期で沖縄の下地代議士と手を挙げて入った。全く質問の時間もなく、ひたすら座っているだけだった。僕と下地の野中(特別委員長だった)不信はあそこから始まった。)



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