2003年12月8日号
2003.12.08
自衛隊の派遣に関する基本計画を党が了承。
私は反対だ。
イラク特措法が自衛隊の派遣の要件にしている安全の確保と非戦闘地域への派遣という二つを、この基本計画はクリアしているとは言えない。
イラクでの戦闘は終わった、しかしアメリカ軍への攻撃は続いているなどという説明で、だから自衛隊が行くのは非戦闘地域だという。
今日提示された基本計画の骨子には法律が求めている派遣の時期も書かれていなければ、具体的な地域も実施要領に書くので基本計画は大枠だけしか書かれていない。しかも、実施要領は概要しか公開しない等といって逃げる。議論になりそうなところは議論をしないで、隠す、逃げる、未定であると突っ張る。
何度も送った調査団の調査概要などわずか二ページの代物になって出してくる。
自民党の議論も基本計画が法律に沿っているのかを審査するのではなく、やれ週刊現代が亡くなった外交官の写真を掲載するのはけしからんとか、無関係な雑談が多い。こんな決定で良いのか。
法律に合致した基本計画とその前提となる説明がきっちり為されるのが最低条件だ。
それだけでなく日本の国益とは何か、自衛隊の派遣をする目的は何かという議論をきっちりしておかなくてはならない。
ここで自衛隊を出さないと日米関係にひびが入る等というのは嘘である。出す出すと言い続けて出さないことが不信感をかっているのであり、アメリカも日本の憲法の制約を知っている。出せないならば、出せないと伝えるべきなのだ。
本来、第一次湾岸戦争後、政治は憲法九条の政府解釈に踏み込み、集団的自衛権を認め、おかしな制約のない法律を作るかどうかという議論をすべきだった。(私は政府解釈の変更は最低限するべきだし、憲法改正をすべきだと思う。)それをきっちりせず、憲法解釈をそのままにして、それに基づいた現在の制約の多い、というか外務省しか理解できない理屈に基づいて作られた現行のイラク特措法を成立させた時点で、今日のような事態になったら派遣できないということになっている。これを無理矢理屁理屈を付けて派遣ありきの議論に持ち込んでいる今のやり方はおかしい。
日本は法治国家なのだから、法律が定めた要件をクリアしていなければ派遣はできない。危なそうだからとか、日米同盟がどうかとか、国際社会がどうとかという前の議論だ。
自衛隊の派遣先が非戦闘地域であるということを国民が納得した時に初めて、出すべきかどうかというべき論ができるわけで、現状では、べきであってもべきではなくとも、法律に違反して出せないのだ。
自衛隊派遣もやむを得ないといっても、その根拠になる法律の要件を満たしていなければ派遣できないのはあたりまえだ。
非戦闘地域ではない、要員の安全確保ができているという二つを政府はきちんと説明するところから全ては始まる。