2001年7月21日号

2001.07.21

十九日。
シンガポール大使と日本?シンガポール間の自由貿易協定についての意見交換。ところで選挙はどうなりそうなのか、と話題はどうしてもそっちへ。
外務省のスキャンダルについてもいろいろと話が出る。

自動車リサイクル法案についての議論が進む。リサイクル費用を徴収して、その後、中古車として海外へ輸出された車については、最終ユーザーにリサイクル代を返すべきという議論が産構審で出されている。ちょっと違うのではないか。

中東アフリカ局長と日本とサウジアラビアの関係について。サウジのナンバー3のスルタン国防相の来日日程決まる。また、外相会談をニューヨークで開催することも。副大臣・次官クラスの会談を、日本側から総政局長でどうかと持ちかけ、サウジ側がまた、キレた。かつて、通産大臣がサウジ主催の会議出席をドタキャンし、政務次官で、と申し入れたら、政務次官ならばいらないと断られたことがあり、元首相が出席することで解決したことがある。今回も副大臣・次官ということで合意していたのに、なぜ、また、日本はそうやって断るのかとややおかんむり。結局、予定どおり、次官クラスの外審が訪問することになったが、現在の加藤外審もいつまでやっているかわからず、日程は白紙?

環境事業団からのレク。依然として、事業団が今の形で存在しなければならない理由はわからない。とうとう石原大臣も、街頭演説で、不要な特殊法人の例として、石油公団と環境事業団の名前が出るようになる。

原子力発電所の耐震基準の見直し、スタート。これだけ批判されたらもたないだろう。しかし、分科会は二ヶ月に一回で、一年以上、まあ二、三年はかけてと、引き延ばしてるだけではないのか。しかも、いままでの基準には問題はなく、見直し期間中の建設は旧基準でやるそうだ。新しい免震技術などができたから、それをどう取り入れるのかという議論が主で、などという。原子力安全委員会は、内閣府じゃないのか。中立的な安全管理をするというよりも、経産省の下請けで、推進のじゃまにならないように基準をつくっているようだ。原子力関係は、こうしたいかがわしさがどこまでもつきまとう。
民間の耐震基準見直しネットワークを立ち上げて、議論に口を挟んでいこうと民間で問題提起をしている方々と相談する。

夜、地元神奈川県の個人演説会に。九時過ぎに終了し、そのまま、茅ヶ崎の浜降祭になだれ込む。二十日の午前一時半すぎの宮出しから御輿にくっついて、朝七時の浜での式典まで。ステープルズ中佐も初めて御輿をかつぐ。背が高いため、肩が合わずに苦労していたが、浜で三十数基の御輿が勢揃いしているところでは大興奮。次の日、ダウンしていた!!
式典終わって、ダボシャツを着替えて、平和に感謝する集い、サーフィンの大会、踊りのゆかたざらいに顔を出して、羽田空港に。

広島空港から車を飛ばして、山口県の岩国市と和木町に応援。ところどころ後援者に集まっていただいているところに宣車で乗り込み、候補者が握手して回っている間、僕がマイクを握る。候補者が握手を終わったところで、さっと話を終え、候補者にマイクをわたす。集まってくださっている人数が三十人なら、僕の話を短く、二百人もいてくださるところは話を延ばして、常に候補者と握手を待つ人の数を横目で追いながら、話の長さを調節せねばならず、結構、緊張。炎天下、六、七カ所でこれをやって、フィナーレ。広島空港まで戻るが飛行機はなく、エアポートホテルで一泊。
前の日寝ていないこともあり、バタンキュー。

二十一日。
始発便で帰る。
午後、石原大臣。湘南なんだからポロシャツ、ということで、スーツ、ネクタイはなし。街頭四カ所、ハコもので一カ所と大臣をこき使ってしまった。ごめんなさい。
大臣日程は、党本部で作るものなのに、個人的に二人で決めてしまったため、お目玉。



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