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厚労省の年金法案について
2025.05.20
かつて日経新聞には大林尚さんのように年金制度をよく理解している記者や編集委員がいて、私もよく一緒に議論したものです。
ところが最近、日経新聞も年金制度を理解している記者がいなくなったのか、厚労省の大本営発表を鵜呑みにしたような社説が書かれるようになり、寂しい限りです。
例えば5月17日の社説を読むと
「年金制度が抱える最大の課題は全国民共通の基礎年金が最終的に3割も目減りすることだ。放置すれば、就職氷河期世代が年金生活に入る2040年移行の給付水準は今よりぐっと低くなる。
厚生労働省は対策として厚生年金の積立金を活用して基礎年金を底上げする案を示したが、実施すると厚生年金の給付水準がしばらく下るので、自民党の反対で法案から削除することになった。これにより、法案は背骨が抜かれたような状態になっている。
国会審議では基礎年金の問題に正面から取り組むべきだ。厚労省案を復活させることも含め、与野党が知恵を結集してほしい。」
などとあります。
年金制度、とくに基礎年金の最大の課題は、満額でも69,308円と、生活保護の扶助費の水準を下回っていることです。
しかも生活保護には更に家賃補助があり、医療費負担も免除されます。
この状態の基礎年金の水準そのものの改革に手を付けず、マクロ経済スライドで今後の基礎年金が減っていくなどと言ってみても始まりません。
現役時代に収入が少なために年金保険料の免除を受けると、年金額が減額される今の仕組みでは、就職氷河期世代の中には満額の基礎年金を受け取ることができない人も少なからずいるはずです。
現に、2023年度に国民年金の年金保険料を満額支払っていた人は1号被保険者の半分以下でした。
就職氷河期世代の年金を取り上げるならば、今回の「厚労省案」などではなく、年金制度の抜本改正が必要です。
また、今回の「厚労省案」が「厚生年金の積立金を活用して基礎年金の底上げをする案」というのも大本営発表そのものです。
2004年の年金改正で「100年安心」と言われた年金制度は、それからわずか20年でにっちもさっちもいかなくなり、結局、税金を投入して年金額を引き上げざるを得なくなったのです。
しかし、100年安心と言っておいて(正確には100年安心と言われていたのをあえて否定せずに)、わずか20年で税金を投入する事態になりましたとは言えないので、厚労省は、批判されることも織り込んで厚生年金の積立金を流用することを全面に打ち出しました。
なぜならば、基礎年金は二分の一を国庫負担することになっているため、厚生年金の積立金を流用すると、それと同額の税金を財務省が投入してくれるはずだからです。
しかし、今後100年間に、数百兆円の税金が投入されることになりますが、その財源のあては何もありません。
プライマリーバランスの黒字化をどうするかが議論され、防衛費の引き上げの財源としての増税にも一部反対があり、消費税の引き下げも財源のあてがないと与党が反対している中で、制度の抜本改正もせずに、毎年国庫から数兆円を投入しますということには、私は断固反対です。
国庫負担の財源の議論もせず、「これにより、法案は背骨が抜かれたような状態になっている」などというならば、軟体動物で結構です。
さらに今回の法案では、今後のマクロ経済スライドの調整率を三分の一にすることが織り込まれています。
2004年にマクロ経済スライドという仕組みを取り入れながら、デフレが続き発動することができない年が続き、年金は払いすぎの状況が続いています。
にも関わらず、スライド調整率を三分の一にする理由はなんでしょうか。
驚いたことに理屈はないのです。
「次の財政検証までマクロ経済スライドを続けておきたいから」勝手にスライド調整率を三分の一に引き下げますというのが、突然出てきました。
日経新聞はこのことには全く触れていません(あるいは法案にそうしたことが盛り込まれていることに気がついていないのでしょうか)。
ルールや理屈で説明できないこんな案を出せば、抜本改革は遅れ、国民の年金行政への信頼(もしそんなものがまだ残っていたとしたら)は、失われるでしょう。
本当に「国会審議では基礎年金の問題に正面から取り組むべき」ならば、保険料方式の現行の基礎年金制度の抜本改革をどうするかを与野党で議論すべきで、「厚労省案を復活させる」などという小手先の誤魔化しをするべきではありません。