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ごまめの歯ぎしり ハードコピー版

第5号 『族議員をふっとばせ!〜1997.12〜』

自民党青年局にて

1972年日中国交回復と同時に日本と台湾は断交しました。その際、自民党では、これまでの台湾との関係を党のレベルでも全て絶つのは忍びない、しかし、党の執行部あるいは国際局といった機関が関係を続けるのは中国の手前難しいとして、自民党本部の台湾との窓口を青年局とし、日中国交回復以降も、青年局が中心となって台湾との交流を続けてきました。しかし与党であり、政権政党の明日を担う青年局が、日本外交にとってアメリカと並び重要な中国とは一切交流をせず、台湾とだけ交流するのはおかしい。青年局の歴史を振り返って、台湾との交流をやめる必要はないが、同じレベルの交流を中国と始めるべきであると私は主張し、自民党内で最も強硬な台湾派の一人である安倍晋三青年局長と大議論になりました。結局、安倍局長が、自分が訪中するなら台湾もさほどショックは受けないだろうと判断し、北京を訪問、自民党青年局の対中交流の第一歩となりました。(「君、ぼくが北京に行ったら、君も台北に行けよ」。「そりゃ、もう、局長の鞄持ちでいかせていただきます」。(ちなみに富士ゼロックスに
勤務しているときに、私は何度も台北に出張していますよ、局長)。十一月に新たに青年局長に就任した岸田文雄代議士と、各県の自民党青年局から中国に研修団を派遣する等の事業の実現に向け活動中です。

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