イスラエルの総選挙のまっただ中。
強硬派のリクードの圧勝かと思われたが、スキャンダルで支持率急降下。労働党の番狂わせもあるかも知れない。(終わってみれば、リクードが圧勝した!)
ユダヤ人のイスラエルかイスラエル人のイスラエルか、という問には答が出てしまっているようだ。しかも、ユダヤ人のイスラエルというのが答のようだ。今やイスラエルに対する問はユダヤ人のイスラエルはどの程度民主的でいられるのか、ということのようだ。
イスラエルからヨルダンには出られるが、レバノンは南部でまだ戦闘が続いていることもあり、イスラエルとは行き来できない。まず、アンマンに出て、それからベイルートに移動する。パスポートにイスラエルのスタンプがあるとレバノンに入国ができないため、一次旅券をイスラエル用に別途持っていく。アンマンは週末になってしまい、ミーティングはほとんどできないが、やむを得ない。
1月10日。とうとう四十歳になった!!
自分向けの誕生日のプレゼントにペトラに行くことにする。小学校の頃ヨーロッパの冒険家が書いた空飛ぶじゅうたんという本の中に夕日の中でバラ色に輝くペトラの遺跡のことを読んで以来の夢だった。
イラク行きのビザをアンマンで待っている友人とヨルダン生まれのパレスチナ難民の二世で、今年の秋に高知大学の博士課程に入るというガイドと三人で、朝六時起きでペトラへ向かう。
ヨルダンが誇る世界遺産は、がらがらだった。一個1ディナールでペトラの石を売っている少年が、最盛期には一日60ディナール稼げたのに、今は5ディナールがやっとだと嘆く。
アンマンの旧市街には、真っ黒い衣装を着たイラク人の老婆が道ばたで、たばこを売っている。現地のBBCの記者の案内で、彼女達の話を聞くと、口をそろえてサダム・フセインのことを褒める。
ヨルダンには、たくさんのイラクの政府関係者(!)が紛れ込んでいるそうで、彼女たちはもちろん僕らの正体を知らないから、おそれて本当のことを言わないのだろうが、BBCの記者は、彼女たちもイラク政府の手先になって噂を流したり、情報を仕入れたりしているという。
我々が話しかけた亡命イラク人によると、街角で宝くじを売っている人間もイラク政府の手先らしい(真偽のほどはわからない)。
ヨルダンは、必要な石油の半分をイラクからもらっている。そして、残りも格安の値段で輸入している。その他の輸出入もイラクに依存しているのが実情だ。イラクが戦争に巻き込まれれば、ヨルダン経済はあっという間に破綻する。
ヨルダンのアワダッラー計画大臣は、ジョージタウンで僕の一級上(なぜか年は一つ下)。戦争になった時に、イラク以外から石油を購入し、産業を支えるための融資を各国から取り付けるのが彼の最大の仕事になっている。金曜日と土曜日が休みのヨルダンで、計画省は休みなし。
今度のイラク戦争は、アフガニスタンと違い、戦後の復興ではなくヨルダンやクルドなど周辺政権の戦時中の資金繰りを支えてあげることが必要になる。アメリカにつきあって無駄な戦費をかけるのではなく、その金額を周辺国支援に結びつけることが必要だ。
ヨルダンとイラクの関係よりもさらにシビアなのがレバノンとシリアの関係だ。昔のソ連と東欧の関係に近いものがある。さらに、パレスチナ難民の問題は、レバノンで極めて複雑になってくる。
レバノンは、1930年代の国勢調査では、マロン派のキリスト教徒が一番多く、次にスンニ派のイスラム教徒、そしてシーア派のイスラム教徒が多かった。そして、その宗派で大統領と首相、国会議長のポストを割り振った。その後、内戦のなかでキリスト教徒の多くが国外に逃げ、さらにイスラム教徒の方が出生率が高いなどの理由で人口のバランスは事実上完全に変わっている。しかし、新たな国勢調査は、マロン派の既得権を損なうため、実施できないで今日まできている。そこにパレスチナ難民が流れ込んできたため、彼らをレバノン内に定住させてしまうと完全にイスラム教徒の割合が多くなってしまう。だからレバノンは、パレスチナ難民の帰還を和平の絶対条件にしている(ヨルダンなどは国の人口の半数以上が元々は難民で、既にヨルダン社会に溶け込んでいるため、難民の帰還は絶対条件ではない。アワダッラー計画大臣のようにパレスチナ難民でも閣僚になっている)。
ラフード大統領との会談で、日本と中近東の次世代のリーダーが個人的に知り合う機会を作るプログラムの提案と日本がレバノンの国勢調査を支援する提案をした。アメリカやヨーロッパは、ユダヤ人、あるいはマロン派などとの歴史的な関係があり、彼らがレバノンの国勢調査を中立的な立場で実施することは難しい。しかし、日本は、レバノンに十七あると言われる宗教のどれとも特別な関係にない。だから日本がデザインし実施する国政調査は宗教を除いて行うといっても信頼される。
ハリリ首相は、腎臓結石をレーザーで砕く手術を受けたばかりで、私邸での会談になった。レバノンの借款の条件変更を取り決めたパリ会議での日本の対応が極めて残念だったようだ。ハリリ首相は、自家用ジェット機で、二十四時間だけ来日し、小泉首相を初め、閣僚に会って支援を要請した。しかし、会議では、日本は新藤政務官を派遣し、ゼロ回答に終わった。首相に直接あって要請したのに...という気持ちがハリリ首相には強いようだ。
ラフード・ジュニアとは陸軍クラブでお目に掛かり、新しい世代の交流を始めようということで意気投合。早速、日本に行く時期は何時がよいかと聞かれる。彼は、ソウルオリンピックに13歳でレバノン代表の水泳選手として参加している。予算審議で忙しい国会議長に代わり、外務委員長と国会内で会談させて頂き、また、ジャベール友好議連会長主催の夕食会にはたくさんの議員に来て頂いた。シリアの問題、日本とレバノンの相互交流のプログラムについて、あるいは最近のアメリカについて、話は尽きない。
バールベックでの昼食会には、バールベック選出のヒズボラに所属する議員も来て頂いた。アメリカは、ヒズボラはテロ組織であるという態度を取るが、ヒズボラはレバノン国内の合法的な政党である。もちろん武力闘争には反対だが、政党としてのヒズボラまで否定することはできない。
アメリカは、一方でシリアのレバノンに対する特別な関係を時には容認する。それがお互いのメリットになるならば、ということなのだろうか。日本は、このあたりできちんとした独自の立場を打ち出していかなければならない。
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