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ハンナラ党の未来連帯グループとの第二回交流会。日本からは日帰りの馳議員を含め九名が参加し、日韓若手議員の交流がさらに進む。
ハンナラ党のイ・フェチャン総裁がわざわざ歓迎の晩餐会を主催して下さったほか、ハンナラ党のイ・サンドク事務総長 (幹事長)主催のレセプションも行われた。ハンナラ党の大統領候補の一人であり、パク元大統領の娘であるパク・クネ議員、FIFAの副会長でもあるチョン・モンジュ議員(無所属)、それに民主党のキム・ミンソク議員とチャン・ソンミン前議員(事務長の選挙違反で議席を失う)、そして韓国の若いITベンチャーの経営者との意見交換も行った。
キム・ミンソク議員は、いよいよ正式にソウル市長選挙に名乗りを上げる。三十八歳の彼の活躍は、今年末に行われる大統領選挙でも、世代交代が大きなテーマになることを意味する。
かつてコリアゼロックスで、僕のカウンターパートだったキム・スヨンさんと十年ぶりに再会。韓国への新製品の開発導入のプログラムをめぐって、毎日やりあった仲だが、一番気心の知れた友人でもある。そのころの同僚のシンさん、チェさん、あるいは台湾富士ゼロックスのウー・ウェイコーさんなどの消息を交換する。IMF以降、富士ゼロックスの100%子会社になり、富士ゼロックスコリアと社名が変わった。最近、どう? と尋ねると、開発期間が長い、いらない機能ばかりでコストが高い、と言って笑った。十年前に、キムさんから毎日聞いていたことだ。あのころは、生産コストを下げるために韓国、台湾に生産をシフトしようと言っていたのが、今や、両国を飛び越して、中国に工場が出て行っている。
日韓未来研究会では、自由貿易協定に関して、韓国側の空気が微妙に割れていた気がする。FTAの研究をするのは大切だ、という議員は、研究はするがその先は慎重に、と言っているようだ。その一方で、農業に足を取られてはいけない、政治的なリーダーシップで、FTAの実現に向けて前に進もう、という積極的な議員もいる。消極派は、できるところからやろう、産業ごと、セクターごとに調整をしながら、ベストなものをつくろうという発言が目立つ。その一方で、思い切ってやらなければならない、これは米中の間で、日韓が生き残れるかどうかという大切な戦略的なものだ、という発言もでる。韓国側の積極派の議員とFTA推進の論陣を共同で張っていこうということにする。しかし、現時点では、全議員の賛同を得るのは難しそうだ。
安保の議論では、両国若手議員へのアンケート結果を見ると韓国側の議員がもっとも脅威に感じていることが、北朝鮮からの脅威ではなく、日本の軍事力であることに議論が集中した。韓国側からは、北朝鮮が既に経済的に弱体化していること、今後この傾向が変わる見通しがないこと、同じ血を分けた同胞であるという意識があること、その一方で、日本の防衛費は韓国の総予算の半分近い額であること、現時点での脅威ではなく、将来的なものであること等が指摘された。その反面、北朝鮮の行動は予測できないこと、亡命者が急激に増えれば、それも問題になり得ることなど、日本よりやはり北朝鮮が脅威であるという意見も出された。
西大門刑務所跡は、かなりリアルな展示もあり、心に迫るものがあった。
この刑務所は1987年頃まで軍事政権が使用していて、同行してくれたチョン・ビョンゴク議員は、民主化運動で逮捕されこの刑務所に百日間投獄されていた。特別な許可をもらって、彼が入っていた独房(二階三十三号室)を見せてもらう。こんなに狭いところだったかな、とぽつりと感想を漏らしていた。拷問の展示のなかで、水責めの場面があるが、僕もあれをやられた、と聞いたときには、展示物が急にリアルに感じて、ぞっとした。ほとんど光の入らないような懲罰用の独房もあるが、そこにも入れられたことがあるそうだ。彼やキム・ミンソクなど、韓国の若手議員には投獄経験がある議員がいるが、今の日本の刑務所に入っていたのとはわけが違う。
人間の過去の過ちをきちんと残し、間違いを繰り返さないということは非常に大切だ。大事なことは、我々がいつも気をつけていなければ、過ちは、この地球上の、いつでも、どこでも起きる可能性があるということだ。韓国の植民地時代の歴史を学ぶことにより、全人類に共通の課題と挑戦を導き出すことが必要だ。 |