海外日系人大会

2017.10.25

海外日系人大会が開催され、外務大臣としてレセプションを主催しました。

現在、日系人は360万人以上になるといわれています。

推定日系人の数は、ブラジルが最も多く約190万人、アメリカが約130万人、ペルーが約10万人等となっていて、日系6世が誕生しています。

パラオ、ミクロネシア連邦では全人口の2割程度が日系人またはその血を引くとも言われています。

日本人の海外への移民は、明治元年(1868年)に「元年者」と呼ばれるハワイへの移民がはじまりです。

1885年には政府公認の移民がハワイに向けて始まり、1897年にはメキシコに「榎本移民」と呼ばれる35名の移民がありました。

ブラジルへの移民は1908年に始まり、第二次大戦後、ブラジルの日系社会は、日本が戦争に勝ったと考える勝ち組と負けたと考える負け組に分裂し、この影響はしばらく続きました。

1924年に排日移民法がアメリカで施行されると、ブラジル、ペルー、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイ、チリ、フィリピンなどが移住先となりました。

1940年にはペルーのリマで排日暴動事件が起き、アメリカでは1942年に大統領令9066号が発令され、ハワイ準州とアメリカ西海岸から日系アメリカ人は立ち退きを強制され、強制収容所に入れられました。

第二次大戦中に、ハワイの日系人を中心に第100歩兵大隊、強制収容所の日系人を中心に第442連隊が組織され、第100歩兵大隊を編入した第442連隊はフランス東部のブリュイエールの町を解放し、ボージュの森でドイツ軍に包囲されたテキサス大隊を救出し、ダッハウ強制収容所を解放するなど活躍し、アメリカ軍事史上最も多くの勲章を受けた部隊となりました。

後のダニエル・イノウエ上院議員、スパーク・マツナガ上院議員等もこの部隊出身です。

アメリカ国籍を持っているにもかかわらず、日系人だというだけで差別され、強制収容所に送られた経験を持つ日系人社会は、911の後、アメリカ国内でイスラム教徒に対する差別が始まりそうになった時に積極的に反対の声を上げ、人権侵害が再び起こることを防ぎました。

こうした世界に広がる日系人社会と日本の絆をしっかりと強いものにしていきたいと思います。



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