2001年1月2日号

2001.01.02

元旦の宮中の新年祝賀会からスタートしました。
皇太后の喪に服して、新年の行事は無いのかと思っていましたが、例年通り行われました。

参入の服装は、モーニングコートなのですが、皇太后のお葬式以来着ていなくて、議員会館におきっぱなし。あわてて大晦日にとりにいくありさま。お祝いですから中のベストを黒からグレーに代え、なんとかかっこがつきました。
宮中には、運転手付きの車で行かなければなりません。自分で運転していっても、参入した後の車の駐車ができないからです。徒歩や自転車はどうなのでしょうか。初当選した翌年に、白い車で伺ったら、数百台の車の中で白は二台だけで、大変よく目立ちました。もう一台は、当時の神奈川県議会議長で、神奈川は、なにを考えているのかと...。
十時十五分から四十五分の間に正門から参入し、衆参両院議員は春秋の間で待ちます。閣僚や都道府県知事、議長はそれぞれ別の部屋のようです。ある先輩議員の奥様に、ごまめの歯ぎしり読んでますよとご挨拶されたかとおもえば、奥様とご一緒の船田前代議士に久しぶりにお目にかかったり、新年の挨拶をかわします。
十一時少し前に、チリンチリンとベルがなり、長い廊下を渡って、正殿松の間に案内されます。松の間には、式台がおかれて、その前にロープが張られ、両院議長を中央最前列にみんな適当にたっています。両陛下に続いて皇太子殿下以下六名の殿下と雅子妃殿下以下六名の妃殿下が入られ、両陛下が式台に立たれ、両陛下の右側に皇太子殿下以下、左側に雅子妃殿下以下が並ばれます。
衆参両院の議長が一言、両陛下の安寧をお祈りします、とか挨拶を申し上げ、天皇陛下から一言ご挨拶があり、礼をしておしまい。約五分。
もちろん西暦の新世紀なんて話は一言もありませんし、陛下のお話は、いつの年にも使えるような一般的なお言葉です。
皇族が退出されると、松の間のうしろの障子が開いて、別室(名前忘れました)に通されます。先に、陛下にご挨拶した閣僚が森首相を先頭に、別室を出てくるところで入れ違い。
別室には、ずらっと長いテーブルがならび、一人づつに、杯と尾頭付きの鯛やかまぼこ、栗きんとん等の入ったお重と黒豆、数の子、ごまめがのった小皿があり、花びら餅が包んであります。杯におとそがなみなみとつがれ、これを飲み干さないと杯を包んでもって帰れないので、必死に飲むと、宮内庁の職員に間髪入れずおかわりをつがれ、酔っぱらいました。(私は酒を飲めません)
みなさん、おとそ以外には手をつけず、皿の黒豆やらごまめやら数の子を、お重に詰め込み、横にある白いきれで包んで、杯は小箱に入れて、帰ります。別に食べていっても良いのかもしれませんが。

慣れた先輩は、十時四十五分の参入時間ぎりぎりに入り、松の間では一番後ろにいて、さっさと長いテーブルに駆けつけ、おとそを飲むやダッシュで包んで帰ると、帰りの車寄せで黒塗りの車の大渋滞にあわずに、参入から退出まで三十分しかかからないそうです。そんなに急いでどうするんだと思いますが。

首相官邸でも新年祝賀会が開かれ、私の同期はそちらにも伺ったようですが、おとそに酔っぱらった私は、車の中で意識不明に眠りこけ、帰りました。



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